山口県の移住促進施策が、近年着実な成果を見せています(※)。クラシノでは山口県の取り組みにおいて2023年よりデジタルマーケティング側面での支援にあたっていますが、今回は山口県の移住促進事業の背景やこれまでの取り組み内容、そしてどのように結果につなげ得たのかを、県のご担当である神田さん、木戸さん、平尾さんに改めて伺いました。
(※)2023年度の山口県内移住者、最多の4312人 体験ツアーや相談会成果
人口減で生活基盤が脅かされる―山口県の息の長い取り組み
クラシノ:
まずは山口県の「中山間地域づくり推進課」とは、どのようなミッションをもつ部署なのか教えて下さい。
神田さん:
山口県内でも人口減少や高齢化が進んでいますが、中山間地域づくり推進課を文字通り説明すると「地域を維持するための仕組みづくり」を進める課です。山口の中山間地域の「元気」を維持するためのサポートをする部署、とも言えるでしょうか。
中山間地域の中では、草刈りや清掃、獣害対策、公共施設・商店・交通手段の維持など、日々の暮らしに深く関わる様々な課題があります。この課題解決に取り組み、地域づくりをサポートするのが私たちの課の仕事です。
クラシノ:
人口減で生活基盤の維持が難しくなることへの対処、ということでしょうか。
神田さん:
はい。たとえば地域の活性化という意味で2009年から国の制度として地域おこし協力隊の制度が始まっていますが、こちらも私たちの課で担当しています。そして次第に、そもそもの問題の原因である「人口減」つまり「人の数」の対策にも向き合うようになっていったのが、移住促進の事業をこちらで担当している経緯です。
2015年には、県内産学官挙げて人口減少問題に取り組むための組織「住んでみぃね!ぶちええ山口」県民会議が設立され、県としての移住促進の取り組みをいっそう本格化させました。平尾さんが担当している東京にある移住相談窓口(やまぐち暮らし東京支援センター)も、2015年に開設しました。
移住希望者の話を聞き続けて8年、相談員の感じる変化は
クラシノ:
移住促進の取り組み本格化で、東京に相談窓口ができたわけですね。平尾さんは窓口開設当初から東京で?
平尾さん:
私は2016年から担当しています。私は山口出身ですが、結婚を機に東京に越してきました。ただ本当に地元山口のことが好きで好きで、いつも何かしら山口に関わっているようにしていました。もともと学生時代から「地域再生」とか「地域づくり」といった社会課題には関心があって、勉強したりイベントに参加したり、かなり掘り下げていたというのもあります。そこへ地域や移住政策の研究者である嵩和雄さんという方から、山口県の移住相談窓口が開設されているのでそこの仕事をしてみたらどうかと情報をいただいて。東京にいながら山口のことを自由に話してよくて、私の山口好きを発揮できて、山口に移住したい人の役に立つ…これはよい!と(笑)
クラシノ:
パズルのピースがピタッとはまるようなお仕事に巡り合われたのですね。実際に東京の窓口に相談に来られる方というのはどういう方なのでしょう?
平尾さん:
私が相談員として働き始めた最初の頃多かったのは、アレ、ちょっと人生に悩んでいるのかな、というタイプの方ですね。当時同僚だった年配のスタッフは、やはり年の功といいますか、このお悩みタイプの方のお相手が本当に見事なもので。移住相談は人生相談だなと心に刻みました。
次第に「地方で夢を実現させたい!」という熱いタイプの方も増えてきて、そういう方は強く印象に残っています。でも「地方移住」がブームみたいな感じで取り上げられるようになってくると、今度は移住を人生の選択肢の一つとしてもっとライトに考える人も増えてきました。コロナ禍を経た今は本当にいろいろな背景の人が来てくれます。年齢も20代から50代まで、割と満遍なく分散しているんです。
女性が地方に戻ってこない問題
クラシノ:
若い女性が、地方から都会へ流出して、そして戻ってこない、というのは人口減少問題の核心としてよく話題になりますよね。平尾さん自身もそのケースにあてはまると思うのですが、相談に来られる方や周りの地方出身の「女性」の動向は肌でどのように感じていますか?
平尾さん:
私は山口愛を存分に発揮できてしまう東京での仕事に就いてしまったので、山口が好きすぎて逆に山口に帰れない特殊ケースですが(笑)相談窓口には女性もたくさん来られます。彼女たちのお話を聞いていると、女性が帰りやすいパターンというのは、「実家」が鍵になっている印象があります。住まい、仕事、子育て、など移住に際して整えないといけない生活の段取りがありますが、実家とご自身の心理的距離が近い人は、実家のご両親やその人脈も使って、その辺をうまく整えてしまう。
クラシノ:
実家が大きな要素であると。そうすると世代間の結びつきについて価値観そのものの変化を求めるべきなのかもしれないですね。もっと親を頼ろう、というような(笑)もしくは子どもの教育という観点でも多世代同居を考える人もいると聞きます。
手応えのあった施策/なかった施策
クラシノ:
これまでの取り組みで、手応えのあったものや、逆に手応えのなかったもの、はありますか?
木戸さん:
移住検討者向けに、居住地から山口までの往復交通費を支援する補助金制度があるのですが、これは山口県が全国に先駆けて実施しています。検討に向けた熱量がかなり高まっている人の背中をグッと押しこむ切り札になっていて、他県に続々と真似されました(笑)
それとYY!ターン(UJIターン)パスポートという、いろいろな民間サービスがお得に利用できる支援制度があります。例えばレンタカー代や引っ越し代の割引、住宅ローン金利の優遇など、協賛企業のサービスがお得になります。こちらも他県に続々と真似されました(笑)
平尾さん:
セミナーを開催して、移住を考えている人とまず接点をもつということは最初から取り組んでいました。本当に初期の頃は、東京にある山口県人会を回ったり、市町さんの協力も得て高校の同窓会を回ったりと、すごくベタに足で方々を回ってセミナーのご案内をしていたんです。ただ、そこで出会う人たちは山口のことが好きだから、会場には来てくれるんですけど、実際は全然山口に帰る気はない人たちなんだな、って気づいて(笑)
次に、セミナー終了後に、移住を考えている人たちを集めて、「交流」できる時間を積極的に設けました。これは当事者たちの情報交換の場、という位置付けです。この時間に参加者のみなさんがすごく仲良くなって、「場」が温まってきて。そのみなさんを、移住体験ツアーにご案内したんです。この流れの中から、実際に移住する方がどっと出ました。
ところがその後コロナ禍に突入、取り組みの主戦場がオンラインセミナーなどにシフトして、新たな方法で次の移住者さんを育てないといけないフェーズに入り、そして今に至ります。
広島で何が起こっているのか!?すぐさま広島県庁へ!
神田さん:
交流会からの体験ツアー、そして実際の移住にまで結びつける、という取り組み自体、手応えはすごくあったんですが、実はコストがかなり嵩んでしまうというのが悩みでした。別の方法を模索する中、コロナ禍で必然的にオンラインでのセミナーや相談会に舵を切り始めて、やはりこの路線でデジタルの取り組みを強化するべきだなと感じ始めていました。
平尾さん:
セミナーでの集客が肝になることはわかっていたので、なんとかして集客をせねばと、新規で掘り起こせるルートを探したり、ものすごく頑張ってはいたんです。それこそ私自身が疲弊してしまうほどに。
私がいる「やまぐち暮らし東京支援センター」は、東京の有楽町にあるのですが、そこは各都道府県の相談窓口が一堂に集まっている場所です。集客をどうしたものか、効率的にやる方法はないのかと悩んでいたある時、ふとお隣の広島県の様子をみると何やら広島県開催のセミナーにはやたらと人が集まっている。広島で何が起こっているのか!と。それですぐ木戸さんが広島県庁の取組をリサーチしてくれたんです。
木戸さん:
広島県の移住担当者さんとは合同移住フェアで何度かお話ししていたので、すぐに情報交換させてもらえて、そこでクラシノさんのお名前も耳にしたわけです(※)。
それまでに自分たちでも、SNSの投稿をしてみたり、セミナー集客のためのWEB広告を出してもらったりと、デジタルの活用を試みてはいたのですが、全体的に戦略性を持ってやる知見を、やはりプロにお借りしようということで予算化していきました。
(※)クラシノ注:クラシノは2020年より広島県の移住促進事業の支援にあたっている。
左から神田さん、平尾さん、木戸さん。過去も紐解いて丁寧にご説明くださいました。
自分たちで考えることをやめてはいけない
クラシノ:
我々もプロジェクトに入れていただいてから以降、何か変化はあるでしょうか?
神田さん:
1つ1つの活動において、何が良くて何が悪かったか、自分たちでも分析的に評価できるようになったのは大きいです。それまでは、やったことの効果があってもなくても、なぜ効果があったのか/なかったのか、よく分からなかったんですね。例えばWEB広告1つ取っても、以前はなんとなく広告の枠を買って、なんとなくバナーの表現を作ってもらっていました。それでこういう結果になりました、という報告を受けても、なぜそういう結果になったかよく分からない。
クラシノさんの場合は、いつどこで、何のために、誰に向けて、どうしてその表現になるのか、いっそセミナーの内容そのものはそれでいいのか、といったことを掘り下げて、分解して、経験や他事例も踏まえながら素人でもわかるように事細かに説明しながら進めていただける。結果が良くても悪くても、どうしてそうなったのか、これまた分析的視点でフィードバックしてくれる。考え方の筋道が分かるようになりましたし、こちらにノウハウと知見がしっかり蓄積されていくのを感じました。
平尾さん:
外の事業者に丸投げは意味がない、自分たちで考えることをやめてしまうとダメだというのは意識していたので、クラシノさんのやり方は嬉しかったし勉強になりました。
クラシノ:
ありがとうございます。私たちはマーケティングのプロとしてやっていますが、お客様は事業側のプロですので、こちらからぶつかって、その分どんな反応をくださるのかで、私たちにとっても学びの大きさが全く違います。山口県のみなさんは熱量の高い打ち返しをいつもしてくださるので、こちらこそ本当に勉強させていただいています。
属人的だからこそ結果につながる―デジタルはあくまで効率化の手段
神田さん:
平尾さんの存在が、これまでの山口県の移住施策の根幹に位置してきたと我々は認識しているんです。とても属人的な話ですが、だからこそ結果を生んできたという側面・事実があります。つまり平尾さんのような存在、担当がもっと自由に、もっと創造的に動いて、成果を生んでいけるようにするために、その他の事務を効率化することがシステム化であり、デジタル化の取り組みだと思っているんです。
平尾さん:
いや、私はただ移住希望者さんとのファーストコンタクトを担当しているだけですよ。私が最初にお話しして、市町の担当者に繋いでいく。お繋ぎした後は市町の担当者がきっちり対応してくれる。
神田さん:
そう、その通りで結局「人」こそが施策の肝なんです。人が人をつないでいく。それをより効果的・効率的にしていくための手段がデジタルなだけで。デジタルのツールがあるだけで人が移住するわけがないんです。なので、今後の課題として一番重要なのは、つまるところ次の人材をどう育てるか、だと考えています。
平尾さん:
確かにそれはそう。それと県の中で横串をさした動きが柔軟にできるかどうかも大事。移住は、仕事、住まい、子育て、地域の受け皿…と活動領域が多岐に渡るから、部署横断の関係性構築は必須。県の職員はどうしても異動があるから、そこをどうクリアしていくのかは課題。ともすると事務的な手続きだけが引き継がれてしまうと、ただ単に事務処理をする人になってしまうみたいな。
クラシノ:
なるほど。それは「理念の継承」みたいなことなのかもしれないですね。行き着くのは結局人づくり。組織づくり…。
神田さん:
はい、本当にそうなんです。その課題は大きくて、いっぱいやらないといけないことがあると思っています。
クラシノ:
大きくて、いっぱい…。我々も少しでもお役に立ちたく思います。引き続き、頑張ります!本日はありがとうございました。
新緑輝く山口県庁にて。左からお2人目は、移住促進事業開始当初の様子にも詳しい神田直子さん(中山間地域づくり推進課)。
インタビュー後記
山口県の移住促進に関する取り組みとこれまでの歩みについて興味深いお話しをたくさん伺うことができました。県のみなさんの仕事に向かう熱量の高さ、視座の高さも印象的でした。自分ごととして仕事にとりくむ楽しさ、そのエネルギーたるや…と。日本の人口減少問題、大きな問題ではありますが、私たちも一人の日本人として自分ごと。今後も気張ってプロジェクトに取り組むべし、と思いを新たにいたしました。機会を与えてくださいました山口県に改めて感謝いたします。ありがとうございました。
インタビュー・文 阿部倫子(クラシノ)